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九大社会学@箱崎

山下ゼミ飲み会!

こんにちは。4年の三角です。

 

昨日は山下ゼミの飲み会を

『串と水炊 博多 松すけ』で開催しました!

2プロから山下ゼミに来ている山口さんがバイトをしているお店で、

とても雰囲気の良いお店でした!

 

今回はコースをいただいたのですが、どの料理もすごくおいしかったです!

創作串の種類が豊富で、他のものも食べてみたいなと思いました。

 

 

 

 

写真は残していないのですが、

お通しと揚げ出し豆腐が美味でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デザートもおいしくいただきました!

 

 

後半は結構私の相談や愚痴に乗ってもらって、

すごく気持ちが楽になりました。

改めてこのゼミのメンバーは、先生をはじめとして

いい方ばかりだなあと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は参加できなかった人もいるので、

就活などが落ち着いたら全員が参加できる日程で開催したいですね!

 

山下ゼミは木曜の3限に山下先生のお部屋で授業をしています。

先輩や2,3年生、ほかのゼミの人も気軽に来てください。

お待ちしています!

| 卒論 | 17:38 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
卒論提出日の風景
お久しぶりでございます。

先日、北九州芸術劇場で小林賢太郎演劇作品「うるう」を観てきました4年の角です。

先週の8日は、4年生の大学生活の集大成。卒業論文の提出日でした!
締切当日まで奮闘する4年生のみなさんの様子がこちら↓




タイムリミットの17時まであと4時間くらいの、まだそんなにバタバタしていない頃。。。
16時50分以降の写真はありません(お察しください)

無事卒論が提出出来た時はほっとしました。。。
この1年間の自己ベストを各々が達成できたのではないでしょうか、きっと!!
悩み苦しんだこともありましたが、先生方と先輩方のご指導のおかげでここまで来れたのだと思います。
本当にありがとうございます。

そして、3月には卒論発表会。
後輩たちに自分のやってきたことをしっかり伝えられればと思います!

それではこのへんで!
最後の春休み、演劇とライブを満喫しようとしている角でした。


 
| 卒論 | 15:17 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
卒業論文提出日の様子
お久しぶりです。
4年の塚田です。

先日、1月9日(金)は、卒業論文の提出日でした!
当日の14時ごろ(締め切り3時間前)の機械室の様子を高野先生に撮っていただいたので、アップしたいと思います。



14時ごろに、高野先生がみんなの様子を見に来て下さいました。
まるで、打ち合わせていたかのように、高野ゼミが揃っていますが、偶然です!!
1年間一緒のゼミだと、行動もシンクロするみたいですね!(笑)


「どうしよう、写真撮られてる・・・」
写真を撮られている間、ずっと背中を向け続けた一同(笑)




卒業論文印刷&糊付け中の高木くん。




みんなを待ってる井上君と、最終確認中の私。
まみこさんは、糊を探していたような・・・



この後、全員が終わるまで待って、4人で仲良く提出してきました。笑(15時ごろ)
卒業論文、個人的には、予想以上に体力的にも精神的にも辛かったですが、ゼミを始めとする研究室の同学と励まし合いながら、頑張ることができました。
そして、執筆中は、先輩たちの卒業論文やアドバイスも参考にしていました。
ありがとうございました。

最後になりましたが、先生方、ご指導ありがとうございました。

















 
| 卒論 | 18:06 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
いまさらですが、卒論の構成・書き方について
 こんばんわ。自宅より黒ぶちメガネが生中継です。
 さて、タイトルにあるように、(いまさらですが)卒論(あるいはレポート)の構成・書き方について、参考になればと思い、以下のように書いてみました。ちなみに、戸田山和久『論文の教室――レポートから卒論まで』が元ネタなんで、もっと知りたい人はこの本を読んでみると、よいかもしれません。(どういうレポート・論文がだめか・よいかを先生と生徒が対話形式で話をすすめていくので、読みやすいとは思います。ときにおやじギャグのようなものもあるけど(笑))

  • 卒業論文でしなくちゃいけないこと

  • 1)自分で立てた問いに対して
    2)ひとつの明確な答えを主張し
    3)その主張を論理的に裏づけるための事実的・理論的な根拠を社会科学として提示して主張を論証する.

  • 論文の構造

  • ・ アブストラクト
    ・ 本体(1問題提起2主張3論証)
    ・ まとめ 
    ・ 注/参考文献

  • 1)問いを設定するためには?

  •  日頃の生活のなかで、疑問に思うこと、不思議に感じること、驚いたことなど、身時かなことを入口として卒論にはいってみよう。自分にとって興味のあることの方が、長い卒論期間中も乗り越えられるだろうし、自分で問題を立てて、それにたいしてどういう方法で、どのような答えをだしたらよいか考えるための訓練となるはずデス。そのためには↓

    鵝)テーマを決めるために,下調べをしよう。そのためには、関心のある領域の新書や入門書,先行研究を読んでみよう.
    鵞)読んだ本の中で,以下のように感じたこと,キーワードをメモしよう.
    ・ メウロコ(なるほどそうだったのか!)
    ・ ハゲドウ(そうだ,そうだ.そう思ってたんだよ.)
    ・ ナツイカ(なんか,納得いかん.)
    ・ ハゲパツ(激しく反発.)
     こうやってメモしておくことで、「自分がなんでそう感じたのか?」を考え、問いをたてるための糸口となってくれるはずデス。

    鵤)この過程で大きくて曖昧な問いから小さくて具体的な問いを設定するようにしよう!

  • 2)自分が立てた問いに対して,答えを出してみる

  • 鵝)先行研究などで出されている問いと答えを,自分なりに整理してみよう
    鵞)そして,そこで出されている答えにたいして,「自分が」どう思うか考えてみよう.
    鵤)鵞)で考えたことを,検証・実証できるかたちにまとめてみよう.もちろん、自分の立てた問いにたいして、どのような検証方法をもちいるべきかも考えてみよう。

  • 3)主張を論証する

  • 鵝)論証のかたち
    1.「こう思う.なぜなら」型
     ● 問題提起→結論→論証
    2.「いろいろ考えたらこうなりました」型
     ● 問題提起→論証→結論
    3.「そーじゃなくて,こーでしょ」型
     ● 問題提起→先行研究の批判→結論→論証

     とまあ、こんなかんじのことが書いてあります。上にあげた本をおおまかにまとめただけなので、かなりあらっぽい卒論構成の紹介となりましたが、自分で考えはじめて、よくわからないことがあったら先生をはじめ院生にでも聞いてみてください。
     最後に、卒論やレポートを書くさいの形式、あるいは態度として個人的におすすめの本を「論文の教室」以外にもあげておこうと思います。まず、形式面・資料の扱いについては、

    ・ 『社会学評論スタイルガイド』
    ・ 谷岡一郎『「社会調査」のウソ』文春新書
    ・ 木下是雄『理科系の作文技術』中公新書


     そして、卒論(あるいは学問)への態度としては、かなり個人的な趣味が出てますが(笑)、

    ・ 永井均『〈子ども〉のための哲学』
    ・ 内田義彦『生きること 学ぶこと』

     なんかはおすすめ、というか個人的に好きです。もし興味があって読んでみるよう奇特な人がいたら、感想を聞かせてください。ではでは。
    | 卒論 | 23:40 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
    卒論:安立ゼミ
    こんにちは、院生の益田です。研究室も窓を開けると清々しい風が入ってきますね。木の芽立ちの季節、一年で一番好きな時期です。

    さて、安立ゼミ生の皆さんへ。前回はコミュニティ論・ネットワーク論の大雑把な流れを文献中心にお伝えしましたが、今回はもう少し範囲を狭め、地域コミュニティに「商店街・街づくり・都市開発・紛争」をかけてみたいと思います(全然狭まっていない気もしますが…上記キーワードをテーマとして挙げていた方がおられましたので)。

    卒論チューターとして(この時期に)適切な仕事とは何か、、、少し考えてみましたが、今は色々な事例や切り口を紹介するのが良策かと思いました。そこで今回は文献の紹介でも特定分野の研究史でもなく、僕が以前書いたレポートの紹介をしてみたいと思います。
    ************

    都市生活は常に生活環境が急変動する可能性にさらされています(目の前に建った高層マンションの影響で、熟慮の末に購入した住宅の日照や眺望がほとんどなくなってしまう/いつも釣りや日光浴をしいていた川が埋め立てられてしまう/いつも買い物をしていた商店街がある日突然消えてしまう、などの事態)。しかしこうした生活環境の急変動を回避する知恵は、歴史を遡ってみると、都市の住人たちが実践する「建て方の作法」に埋め込まれていました。


    埼玉県川越市 蔵作りの街並み

    堀川三郎(「都市生活と生活環境変動」、藤田弘夫ほか編、2005、『都市社会とリスク』)によると、川越に残る伝統的な蔵作りの街並みには、「4間・4間・4間ルール」という「立て方の作法」が見られるそうです。その作法とは「店棟、住居棟、ニワ、それぞれの位置を揃えることによって、日常生活環境の急変動によるリスクを回避し、個々の敷地だけでは実現不可能な良好な環境を街区単位で実現しようとするためのもの」だそうです。


    4間・4間・4間ルール(概念図)/上記堀川文献より転記

    堀川によると「個々の建物やニワは、それぞれの私有物であると同時に当該街区の環境条件を良好に保つための『共同装置』」でもあり、「川越の『4間・4間・4間ルール』には、都市的集住による(生活環境変動の)リスク回避の方策が埋め込まれて」おり、川越の町家に住む住民は「ほんの少しの不自由を引き受けることによって、より大きな自由を手に入れている」とのことです(お隣さんがでっかいマンションを建てることはないから今日も洗濯物を庭に干せる)。

    しかし公よりも私を優先する近代的法制度はこうしたルールを反故にしてきました(自分の所有する土地に何を建てても自由、他人は口出しすることができない)。こうした軋轢は、マンション建設や開発に対する周辺住民の反対運動という形でしばしば顕在化します。都市で多発する紛争は、(利潤追求のため開発を推し進める)開発側VS(生活環境の変動でマイナス面を押し付けられるため)反対する都市住民、そしてそれを調停する法(私権重視)という構図をとります。そういえば現在香椎でも開発をめぐって紛争が起こっていますね。

    さて、話を戻しますと、実はこうした「建て方の作法」は何も川越のみにみられる取り組みではなく、全国津々浦々で実践されてきました。例えば箱崎の「きんしゃい通り」という商店街(戦後すぐにできた商店街で、古くからのコミュニティがいまでも根強く残っている)に目を向けてみましょう。


    箱崎商店街・きんしゃい通り

    この商店街に見出すことのできる「建て方の作法」とは、通りに面した建物の一階部分を店舗、二階を居住スペース、そして奥には庭というルールであり、こうした構造の店舗兼住居が商店街の左右にズラッと立ち並んでいます。


    きんしゃい通りに建ち並ぶ店舗兼住居。右に見える建物の1階は街路に面した店舗部、2階は居住空間、奥(写真左手)が庭という作りで統一されている。

    しかし現在、この通りには商店と高層マンションが混在しており、(きんしゃい通りを歩いたことのある方ならご存知かと思いますが)各商店から発せられる威勢のいいかけ声、地域住民のやり取り、そしてその通りにおよそ似つかわしくない近代的なマンションという、一種独特で混沌とした雰囲気をかもし出しています。

    しかし「建て方の作法」という実践でもって生活環境の変動を回避してきた商店街に、どのような力学が作用(あるいは反作用)してマンションが建設されてきたのか、そしてそこではなぜ反対運動が起こらなかったのか、これらを知るため商店街に足を運んでみました。


    きんしゃい通り/肉屋(写真左手)と八百屋(写真左手)の間に建設されたアパート

    対象はきんしゃい通りのとある一角。左に肉屋、右に八百屋があり、真ん中には駐車場付きのアパートが建てられています。写真からは伺えませんが、八百屋の右側には全く同じ寸法の店舗と庭を持つ建物が横に三軒並んでいます。言うなれば「建て方の作法」が維持されている店舗の切れ目として、このアパートが存在しています。このアパートにより近隣の日当たりが強烈に悪くなったことが一見して伺えました。
    以下は、アパート建設の経緯と住民の反応を知るために行った聞き取り記録の一部です。
    ------------
    <八百屋T>(60代のおばあちゃんが一人で切り盛り)
    「いつからここに店を?」
      →「40年位になるんかなぁ」

    「横、その時からアパートが?」
      →「いやいや、そん時はまだ漬物屋があったもんね。おじいちゃが一人でしとらしたとよ。」

    「アパートが建ったのはいつ?」
      →「しっかり覚えとらんけど、もう20年になるかな」

    「おばあちゃん家、日当たり悪くなったとじゃないと?」
      →「いやいや、そんなことなかよ。もう慣れたけんね」

    「当時、もめたりせんやったと?」
      →「いや、よく覚えとらんけど、特にはなかったね。気づいたら建っとったようなもんたいね。」

    <肉屋S> (50代の夫婦が二人で切り盛り)
    「いつからここにお店を出されてるんですか?」
      →夫「えー、もう30年なるんかな…」
      →妻「そうそう、結婚する2年前やったね。」

    「横はアパートになってますが、当時からあったんですか?」
      →夫「いや、前は野菜屋があったもんね。漬物とか売りよったもん」

    「どれくらい前になくなったんですか?」
      →夫「もう覚えとらん」
      →妻「10年くらい前じゃなかと?」
      →夫「そげんこと、横のアパートの管理人に聞くことたい」

    「日当たりはやっぱり悪くなりました? 当時もめたりしなかったんですか?」
      →夫「そら悪ぅなったよ。でもね、あれは野菜屋(漬物屋)さんが店ば潰して自分の敷地に建てらしたと。しょんなかたいね。そら、嫌だったばってが、自分の土地だけんね…当時もめたばってんが、結局ね。今も横(のアパート)の一階に(漬物屋のおじいちゃんが)住んどらすよ」
      →妻「他の人だったら許さんやったばってんね、昔からおる人だけん、みんな許しとると。しょんなかたいね」
    ----------------
    以上の聞き取りから明らかとなったのは、\里脇屋と八百屋の間に野菜屋(漬物屋)があったこと、△修海20年ほど前に閉店してアパートが建設されたこと、そのアパートのせいで近隣の日あたりは悪くなったが、反対運動などは起こらなかったこと、て訐みの「お隣さん」がやることだから仕方がない、と受け止められたこと、などである。こうした結果を受け、僕はレポートで次のような考察をしました(以下、貼り付けておきます)。
    //////////////////////
    以上のように、「きんしゃい通り」での聞き取り結果からも、藤田(23)や堀川(176)が指摘する「私権」の大きさを伺い知ることができた。そのことは「自分の土地だけんね…」と言う肉屋の店主の言葉に象徴的に表れており、「嫌ばってん、しょんなか」と、生活環境の変動は我慢・納得するほかないのである。法が守る絶対的な私権のもとに人々は服従・受忍させられ、環境の変化に関しては八百屋のおばあちゃんのように「もう慣れたけんね」と言うほかないのである。
    ところで、堀川は空間制御システムの崩壊過程を、ある種の合理的な選択に基づいて説明してみせたが 、「きんしゃい通り」で見られたのは、昔ながらのコミュニティが逆に崩壊を促進させたという、ある種のパラドクスである。肉屋の店主の妻が「他の人だったら許さんやったばってんね、昔からおる人だけん、みんな許しとると。しょんなかたいね」と語るように、隣近所との付き合いが深く、昔から知っている人がやることだから「しょんなか」となるのである。別様に考えてみよう。漬物屋が潰れたのち、全く見ず知らずの人がその土地を買い取り、そこにアパートを建てようとしたならば、地元住民から強い反対にあったのではないか。なぜならそれは「昔からいない他の人」がすることなのだから。昔ながらの付き合いが、皮肉にも「建て方の作法」(という生活環境の変動を制御する仕組み)の崩壊を促進させた一側面があるのではないだろうか。
    //////////////////////

    以上、安立ゼミ生の皆さん(のうち数人)のテーマと多少なりとも関連しそうなレポートを紹介しましたが、僕が3年前の箱崎商店街で見出したのは、地域コミュニティの存在が生活環境変動を引き起こした(と言うか促進させた)プロセスでした。
    安立ゼミ生の皆さんは「地域コミュニティand○○」というテーマを持った方が多いようです。もちろん上述のレポートは単なる一事例であり、一つの切り口を紹介したまでに過ぎません。コミュニティにどのような力・機能を見出すか、それをどう論じるかは、フィールドで見聞きし感じ取ったものによってくると思います。コミュニティに何を見い出しどう論じるか、、、頭から決めてかかる必要はないと思います。まずはフィールドに出てみる、そして感じたことを素直に論じる、ぐらいの姿勢で望めば良いのではないでしょうか。
    「頭」でもって構成を煮詰めていくのではなく、「足(元)」から構成を組み立てていきます。ある程度対象が決まったのであれば、まずはそこに出向いてみることをお勧めいたします(実を言うと僕も昔、足ではなく頭から出発して失敗した経験があります)。
    社会学とは、足と頭の往還運動ではないでしょうか。

    ※ちなみに今回紹介したレポートは、3年前の都市社会学(大学院集中講義・藤田弘夫先生)で提出したレポートです。レポートは講義で使用したテキスト、特に下記の論考に沿って(それを展開させる形で)書いたものです。興味のある方はご覧ください(さらに興味のある方は夏季集中講義・都市社会学を受講されることをお勧めいたします)。
    堀川三郎、2005、「都市生活と生活環境変動」藤田弘夫・浦野正樹編『都市社会とリスク―豊かな生活をもとめて』、東進堂

    ※皆さんの先輩方(研究室OB・OG)は、地域・都市・農村・コミュニティ・街づくり・環境・紛争などをテーマとして優れた文献や論文を数多く残されております。研究室に所蔵していますので興味をもたれた方は一度ご覧ください。
    | 卒論 | 15:24 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
    卒論テーマ:労働と社会保障
    こんばんは、益田です。今日は五月晴れを思わせるような天気でしたね、ついついうたた寝をしてしまいました。

    「労働と社会保障制度」、上野さんの卒論だと拝察いたしますが、深山さんのアドバイスを受けて一言(別に付け加えることはないような気もするのですが、バトンを渡されましたので)。

    「日本社会の賃金と社会保障制度」、一聞して難しいなと思いました(アドバイスをするのが)。この難しさはどこに由来するのか、一つは上野さんの興味関心を僕があまり知らないこと、もう一つは言葉の抽象性にあるように思います。
    もっともまだまだテーマが漠然としている時期、そしてアドバイスを求めてもいないのにとやかく言われるのも心外だと思います。このテーマにひっかかる文献はそれこそ山のようにあると思うのですが、そのうちで僕が知っているものを紹介してもズレが生じるような気がしました。ですので感じた点をいくつか。

    上野さんのテーマは既存の研究(学問分野)が隣接というか、重なり合っている部分にあります。労働・産業社会学、労働経済学、公的扶助論、福祉社会学、都市社会学、教育社会学、社会階層論etc。
    賃金をどう捉えるか(例えば富の分配方式・法則に着目するのか[ゼミではメリトクラシーについて発表されたと聞きました])、労働をどう対象化するか(深山さんが挙げておられたゴリゴリの労働社会学的に労働を捉えるのか、それとも「○○労働者」というように人を対象とするのか)、社会保障制度をどう読むのか(例えば生活保護、失業保険)、これらを絞り込むことによって方向性が見えてくると思います。
    それともう一点、制度(法制度・社会制度)のみをマクロに論じるのか、対象(人:非正規雇用労働者、生活保護受給世帯、大学生の労働観etc)を論じるのか、これは調査にもかかわってくると思うのですが、この点だけは先にハッキリとさせておいたほうが良いと思います。

    ここまではまあ一般論というか、一院生としてのアドバイスです。以下は僕の個人的な意見。読んでみると分かると思いますが、ゴリゴリの労働(産業)社会学、あまり面白くないです。対象を人に絞り、そこから一点突破式に制度・社会を論じる手段が良いと個人的には思います。

    以上、えらそうに書きましたが僕は上野さんの興味をよく知りませんので、直接お話できたらもっと良いアドバイスができるように思います。お時間がありました院部屋まで是非々々おいで下さい(テーマによっては、僕の専門分野とかなり近くなるかもしれませんね)。

    ちなみに以下は貧困をさまざまな視点から学際的に論じている一冊です。ご一読あれ。

    岩田正美/西澤晃彦編著 2005 『貧困と社会的排除 福祉社会を蝕むもの』 ミネルヴァ書房
    | 卒論 | 19:05 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
    卒論テーマ:労働と社会保障
     どうもこんばんわ。黒ぶちめがねのほうです。ひっそりとやっているつもりが、すでにばれてしまったようです。さきほど、まじめな都市社会学の授業をしてもらったあとでプレッシャーがかかるんですが(笑)、次の学生さんについての文献を紹介してみましょう。

     現在のテーマは「日本社会の賃金と社会保障制度」ということで、僕のテリトリーというよりも、ジン君がやっていることに近いので、そちらからもアドバイスがあるかもしれません。(というか、きっとブログでアドバイスがあるでしょう!!)
     現在、けっこうホットなテーマとなっている分野のひとつなので、いろいろと文献はあるかと思いますが、いまの問題意識をどうやって、より具体的な問いに落とすのかというのがこれからの難しいところでしょうか。

     さて、読んだ文献をみてみると、本田由紀先生のもの、フリーター・ニートについての文献など、けっこう読まれているようですね。うーん、と少し迷いましたが、とりあえず次のものはどうでしょう。

    玄田 有史 2005「仕事のなかの曖昧な不安―揺れる若年の現在 (中公文庫)」

     本田先生の本を読んでいるまじめな学生さんなので、もしかしたらこちらも読了済みかもしれませんね。この本では、あなたが抱いているような問いにたいして、おおざっぱではありますが、つぎのように答えます。「団塊の世代が若者が仕事につく機会を奪ってるんだ!!」。この答えに程度納得できるひともいるでしょうが、これだけだとあまりにも乱暴な議論なような気がしないでもありません。

     で、次から紹介するのは、社会学評論の分野別研究動向(労働)にて、紹介されている本の一部です。もし興味があったら、社会学評論vol.56,No.4/2006を参考にしてみると、良いかもしれません。

    稲上毅・森淳二朗編2004「コーポレート・ガバナンスと従業員」東洋経済新報社
     この文献では、「企業と従業員という組織関係にはどのようなもタイプがあるのか」、そして、「現在の日本ではどういったタイプの組織管理が優勢となってきているのか」ということについて考察している著作です。また、勤労意識の変化や働き方の多様化という観点では、

    佐藤厚 2001「ホワイトカラーの世界―仕事とキャリアのスペクトラム」日本労働研究機構
    佐藤博樹編 2004「変わる働き方とキャリア・デザイン」勁草
    書房


     前者は、とくにクリエイティブと呼ばれるような職業(テレビ番組制作者・新聞記者、開発技術者)と裁量労働制について検討したもので、まさに仕事の質によって、労働のあり方が異なっている現場を紹介してくれます。後者は、産業・組織構造の変化だけでなく、それに伴う労働者側の意識の変化の方にも注目した文献となっています。

     そして、最後に、「なぜ、働いても働いても生活がよくならないの?」という問いへの入り口のひとつとしては、次のものを読んでみるのもよいでしょう。

    岩田正美 2007「現代の貧困ーーワーキングプア/ホームレス/生活保護」ちくま新書

     さてさて、今回もいくつかの文献を紹介しましたが(ちょっと社会保障よりも労働関連の文献が多くなってしまいました……)、これらだけではなくて、読んでみた文献の参考文献にのっているものにさらに挑んでみるといった感じで、気になったものを芋づる式にどんどん調べてみることも大切です。とりあえず、いまの時期は関心のあることについて「どんなことが問題になっているのか」「どんな切り口があるんだろうか」といったことを知ることが大事じゃないかと思います。そのなかで、だんだんと自分の知りたい「問い」がより具体化していくはずです。

     とえらそうに紹介してきましたが、自分が学部4年生の頃はこんなにまじめにやってなかったですけどね(笑)。4年生は就職活動もあるので、ほどほどにできる範囲内でがんばってください。











    | 卒論 | 20:38 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
    卒論:安立ゼミの皆さんへ
    箱崎商店街・きんしゃいきゃんぱすに集う地域の子どもと大人たち
    箱崎商店街・きんしゃいきゃんぱすに集う地域の子どもと大人たち

    こんばんは、院生の益田です。現在学会報告に向けた準備のまっただ中、研究室からこのブログを拝見しています。深山さんが丁寧に卒論の手引きをされていましたね。
    修士から当研究室にやってきて4年目、最初の1年はともかく、修士2年・博士1年と自分のことばかりをやっていたような気が最近しています。色々と思う所もあり、今年度からは研究室全体のことに積極的に関わろうと考えています。

    さて、題名に「安立ゼミの皆さんへ」と記したのは、僕が安立ゼミの卒論チューターを仰せつかったからです(ちなみに鈴木ゼミは深山さんです。もっともこの区分自体にたいした意味はなく、流動的というか、どちらでも良いようですが)。
    ともあれ今年はやります!ので、質問や疑問がありましたらどうぞお気軽に。教えるほどの学識は持ち合わせませんが、一緒に考えていきたいと思います(ゼミとは「教える―教えられる」場でも「教え合う」場でもなく、共同思考の(考え合う)場であると、前の大学で学んだことを思い出します)。

    さてさて、安立ゼミの皆さんの卒論テーマ、拝見しました。かなり大雑把に分類すると、|楼茵Ε灰潺絅縫謄・都市(化)・(と教育・子育て)■裡丕蓮κ〇磧Σ雜遏Υ超、に分類できるようです。この時期はまだまだテーマが煮詰まっている段階ではないと思いますので、皆さんに共通するキーワードをさらい出し、それを軸として既存の研究をざっと報告しようかと思います。卒論の指針とはなり得ませんでしょうが、読んで何か引っかかるorヒントになる、あるいは引っかからずヒントにならずとも、そことの距離計測で論文を組み立てる手助けとなれば幸いです。今回は“崋辺、<地域・コミュニティ・近隣・社会関係・都市・都市化>を軸として、教育・子ども・子育て・環境に触れていきたいと思います。
    (※ただし大前提として、これは上記キーワードを持つ膨大な先行研究の一部分の一側面です。これがレビューの全てではないのであしからず。またこれは僕の頭の中での整理なので、他の文献に当たってみると違う点があるかもしれません)

    社会とは、純化させると人と人との繋がり合いにたどり着きます。実際、社会学は長らく人と人とのつながりあいを―その濃淡、どちらを論じるかという差はあれど―テーマとしてきました。また社会学は近代の申し子、近代化を論じるよう運命づけられた学問です。近代化≒都市化、近代とは多くの社会にとって都市化の過程として経験されました。そうした近代的な都市において、人と人はどうのように結びつくのか、都市化よって人と人のつながりあいがどのように変化するのか、これらは社会学の一大テーマでありつづけています。
    シカゴ学派の都市社会学者、パークやワースはアメリカ都市を研究し、次のような命題を打ち立てました。

    都市化の進展にともない、人間関係は希薄化する

    正確には、第一次的な社会関係(家族・親族・近隣関係)が衰退し、第二次的な社会関係(地縁・血縁を超え、何らの目的を持っている関係)が支配的となる、です。第一次的な社会関係とは親密で固定的なものですが、第二次的な社会関係は表層的・一時的・流動的・合理的といった特徴を持ちます。(ちなみにこうした二分法的な社会(関係)の類型化は数多くの社会学者がこれまでになしてきました。第一次集団・コミュニティ・ゲゼルシャフト・/第二次集団・アソシエーション(ソサエティ)・ゲマインシャフト)
    距離的には非常に近い(壁一枚はさんだだけ!)の所に住むお隣さんと話をしたことがない、話すといっても会えば挨拶をするぐらい。都会の一人暮らしでは普通の光景、皆さんも身をもってご存じのことと思います。こうした議論を「コミュニティ衰亡論(衰退論)」「社会解体論」と呼びます。
    しかし一方で、都市にもコミュニティが存在するという反論も投げかけられてきました。例えばギスト&ハルバートは都市でも近隣には多様な形態の社会的相互作用があると主張しました。他にもW.F.ホワイト(『ストリート・コーナー・ソサエティ』)やH.G.ガンズ(『都市の村人たち』)は都市における地域的なつながりを観察し、また人類学者のO.ルイス(『貧困の文化』ほか)は都市(下層)における家族・コミュニティの紐帯の強靱さを、瑞々しく描き出しました。都市化によっても人と人のつながりは薄れない、「コミュニティ存続論」です。
    もっともこうした対立図式に終始することなく、両者の対立を乗り越えようという研究も存在します。B・ウェルマンは交通手段・通信手段の発達によって、地域という枠組み(距離的・物理的制約)を超えて親密な関係性が取り結ばれていると主張しました(電車・飛行機・電話・ネット,etc,。皆さんが調査したミクシーもこの文脈で論じることができるかもしれません)。
    ともあれ、こうした観点から個々人の取り結ぶ社会関係(パーソナルネットワーク)の調査はフィッシャー以降、日本でも数多くの実証的研究が行われています(ネットワーク論。この点についてはこれ以上立ち入りませんが)。

    さて、この文脈で子どもを論じた研究に目を配ってみましょう。住田正樹(『都市―社会学と人類学からの接近』収蔵論文)は子どもの近隣生活を、日本の都市部と農村部とで比較し、上記の仮説「都市化の進展で第一次的社会関係は衰退する」をアンケート手法を用いて検証しています。結果、都市部の子どもたちは、農村部の子どもたちと比べ、社会関係が狭く、近隣生活が縮小化しているという結論を得ています。
    地域における子育てをテーマとしている人もいましたが、子育てと社会関係資源に着目した研究をみてみると良いかもしれません(安河内恵子[研究代表者]「既婚女性の就業とパーソナルネットワークに関する研究」←安河内先生の授業で使った報告書です)。ちなみに近年騒がれている幼児虐待ですが、その背景には地域コミュニティ(助け合い・預け合い)の崩壊があるような気がしてなりません。
    また環境・開発問題をめぐる紛争にも地域住民のつながりの強さが問題解決を促したという都市社会学の研究が多数あります。
    (※ちなみに階層をテーマとする人は安立ゼミにはいないようですが、社会関係には階層がかなり大きな規定力を持っており、階層を絡めて論じた研究も数多くあります。)

    とりとめもなく書き連ねましたが、都市化によって人間の関係性がどう変化するのか、非常に興味深い問いです。パットナム(『ボーリングアローン』)の研究は、アメリカ人が種々のサークルや集団、社会活動に参加しなくなってきたことを、数多くの統計データから綿密に検証しています。日本ではどうなのか、例えば大学を例にとっても、年配の九大OB・OGの方が「最近はクラブサークル活動をしない九大生が多い」とおっしゃるのをよく耳にしますが、それらの実証的把握とその背景、行き先を調べてみても面白いかも知れません(そういえば社会学研究室の同窓会にも若い卒業生はあまり来ませんね)。

    人間は常に共同体(他者とのつながりあい)を求める動物であるならば、こうして希薄化した人間関係は、薄いままやりすごされているのか、他のところに向かっているのか(家族(逆説的に)や宗教、異性、ボランティア、ネット)、、、そしてそこに新たな「社会」の兆しを見出すことができるのか、、、
    そういえば現代ポップの歌詞には、孤独を歌う歌が圧倒的に多いという分析があることを思い出しました。 

    以下の二冊は、都市・コミュニティ・社会関係(資本)・ネットワーク論等での重要な論文が一通り収録されており、その系譜を知ることのできる文献です。

    鈴木広訳編『都市化の社会学』誠信書房
    野沢慎司編・監訳『リーディングス ネットワーク論 家族・コミュニティ・社会関係資本』勁草書房


    その他、ここで触れた文献で興味を引かれたもの、質問・疑問・反論があればいつでも聞きにきてください。
    | 卒論 | 18:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
    卒論テーマ:教育社会学
     どうも。きょうは自宅から書き込む黒ぶちメガネです。

     さて、きょうは、卒論ゼミでの発表が近いと聞いた2人分に向けて、参考となりそうな文献を紹介しましょう。

     まずは、「学歴社会」をテーマとする「ホークス大好きさん」へ。卒論アンケートをけっこう真面目に書いてくれていて、関心です。さて、これまでにもけっこうな文献を読んでいるようですが、まずは、現代の教育についての問題をざっと述べてくれているこちらの本 ↓
    | 卒論 | 16:03 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
    教育 (思考のフロンティア)
     現代の教育社会学の星でもある広田先生によるもの。現代の教育の状況について、整理されています。さらに、最近、広田先生が編者となって、つぎのようなリーディングスが出版されています。
    | 卒論 | 16:02 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |